« 2004年5月 | トップページ | 2004年7月 »

ジンジャー・エールを手作りしてみた

 ジンジャー・エールという飲み物がある。生姜の効いた、どことなく大人の味のするソフトドリンクだ。私が大人になりかけの頃、しょっちゅう飲んでいた気がする。普通のジュースより、ちょっと大人っぽい気がして嬉しかったのだろうか。いま、中学校2年生になる甥っ子が、しきりに飲んでいるのを見ると、やはりこの時期の男の子に、なにか囁きかけるものがあるのかも知れない。

 とは言いながらも、大人になってからはビール、酒を控えるようになった最近はペリエ、と、ジンジャー・エールを飲む機会は少なくなっていた。
 そんなおり、とあるサイトで「ジンジャー・エールの作り方」というのを見つけてしまった。
 休日、とくにすることもないので、試しに作ってみたのだが……

●これが材料
ginger01.jpg

 生姜にスパイス(シナモン、クローブ)、唐辛子。このほかに砂糖が入る。あとレモン。
 webのレシピでは、生姜100グラムとなっていたが、手元にあるのは200グラム。ということで、倍量を一気に作ってしまうことになった。

●煮詰めるのだ
ginger02.jpg

 すり下ろした生姜にスパイスを加え、弱火で10分ほど加熱。ふつふつと沸いてくるくらいの火加減かな。なにせ初めてなので、感覚がよくわからない。日頃、趣味の菓子作りで培った勘で、加熱時間を決める。

●色が変わったぞ
ginger03.jpg

 火から下ろす直前にレモン汁を加え、一煮立ちさせて火を止める。レモン汁を入れた瞬間、いままで黄色っぽかった生姜汁が、ぱーっとピンク色に染まったのはどういう化学変化によるものか。

●濾過するのだ
ginger04.jpg

 ざるにリード・クッキングペーパーを敷き、鍋の中身を漉す。下に置いたボウルには、ピンク色の「ジンジャー・エールのもと」がたまる。あとは、これを冷蔵庫で冷やして、炭酸水で割ればできあがり。

ginger05.jpg

さてさて。
こうして出来たジンジャー・エール。さっそく冷やして、氷を入れて、炭酸水で割って飲んでみた。

辛い!辛い!辛い!
うまいけど、辛い!
 口に含んだ瞬間、生姜の香りがふわっときて、さわやかな甘みとほのかな辛みが良い感じなのだが、あとからくる唐辛子の辛みが、いつまでもノドに残るのだ。ただ、これも慣れれば美味しく感じないこともない(二重否定は大変強い強調を表す)。
 次回は、もう少し唐辛子を控えて作ってみよう、と思うのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

QuarkXPress 6って

 ついにQuarkXPressのVer.6が発表された。QuarkXPressといえば、少し前までは業界標準のDTPソフトとして、不動の位置を誇っていたソフト。これが使えないと、DTP業界では半人前扱いされても仕方がない感もあった、いわば「共通言語」とも言うべきソフトだった。
 その牙城を崩したのが、アドビのInDesign。これは、QuarkXPressの長所・短所を徹底的に分析したうえ、実際にQuarkXPressを使っている人たちが抱いている不満を最大限、解消することを目指したソフトと言ってよく、発表後、DTP業界内ではセンセーションを巻き起こしたのだ。

 もちろん、InDesignにも欠点はある。皮肉なことに、InDesignがバージョンアップをするにつれ、発表当時のシンプルな組版ソフトとしての性格が失われていき、使いこなすのに日数を要するようになってきた気もする。
 QuarkXPressからInDesignに乗り換えたユーザ(私もその一人)は、恐竜的進化を遂げつつあるQuarkXPress(と、そのプラグイン)に嫌気がさし、アプリケーション本体だけで、きちんとした日本語組版の出来るInDesignに惹かれていったのだ。ソフトはというものは、得てして高機能化に走りがちなのだが、本当に求められているソフトは、シンプルで使いやすく、動作が安定している、というものだと思うのだが。

 InDesignの現況はともかく、新たに発表されたQuarkXPress 6は、ようやくMacOS Xにネイティブ対応を果たした。ただ、ニュースリリースを読んだ限りでは、それ以外に特筆した改良点は見受けられない。もっとはっきり言えば、今回の改良点だって、本来であればずっと前のバージョンで実現していてしかるべきものがほとんど。
 私としては、かつてInDesignがQuarkXPressのユーザを奪っていったように、今度はInDesignのユーザを奪えるような、画期的なバージョンアップを期待していたんだが、やはり難しいのだろうか。
 もっとも、あまりに斬新なバージョンアップをおこなって、過去のバージョンの書類が開けないようになってしまっても困るし、このあたりのさじ加減は微妙なんだろうな。

 私としては、とりあえず、今回のバージョンアップに関しては、しばらく様子見を続けるつもりである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

思わず足が止まった

 昨日、打ち合わせを終えて中野駅に降り立ったところ、駅前で演説をしている人がいる。中野の駅前というのは、意外と有名な演説スポット(笑)らしく、古くは森田健作から最近では又吉イエスまで、さまざまな人がマイクを取っている。

 ほとんどの場合、私は聞き流してしまうのだが、昨日は思わず足が止まってしまった。
 北朝鮮による拉致被害の一日も早い解決を訴えている、増元照明氏だったのだ。講演の内容自体は、いままで拉致被害家族会の方々が主張されていたことだったのだが、やはり本人の肉声というものは力がある。私を含め、数人の男女が(数人、というところが寂しいのだが)足を止めて、演説を聴いていた。

 増元氏は、今度の参議院選挙に東京選挙区から立候補することを表明している。増元氏たちにしてみれば、いまの政治家には、この問題の解決は任せておけない、と思ったのだろう。その点については、私も同意見だ。

 最近の日本の世論(と言われているモノ)の動きには、どうにも釈然としないものを感じている。なんというか、「お上に盾突くヤツは、俺たちが許さない」というか。先日のイラク民間人人質事件では、自己責任の名のもと、3人の人質および家族に批判が集中した。(ま、私もあの家族の対応では、批判があっても仕方ないと思ったクチだが)
 さらには、今回の小泉訪朝の成果について苦言を呈した家族会に対し、やはり非難の声が挙がった。しかも、その理由が「小泉さんに対して感謝の念が足りない」「小泉さんに失礼だ」などというもの。どうやら、日本の国民性というものは、とことんまで支配者層に都合よく出来ているらしい。政府が何か言う前に、世論が先にたって異分子を叩いてくれるんだから、これほど楽なことはないだろう。

 なんてことを書いてしまうと、私も叩かれてしまうかな(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ある意味、壮観

 最近、少しは健康に気を遣うようになった。毎朝、新鮮なグレープフルーツ・ジュースを飲むのも、そのひとつ。ブラウン社製のシトラス・ジューサー(柑橘類専用のジューサー。要は電動で回るレモン絞り器と思えば間違いない)なども購入し、家族にも飲ませている。

 ただ、材料となるグレープフルーツが、けっこう高いモノにつくのだ。一般の八百屋さんやスーパーマーケットで売っているモノは、当然ながら生食用に選別されており、大玉なうえ、表面の傷などもないものが選ばれている。ジュースにする場合は、そんなことは関係ない。

 いろいろとネットを調べ回った結果、見つけたのが「ジュース用小玉グレープフルーツ」という、まさに狙った通りのもの。
 さっそく注文したところ、すぐに届いた。

 喜んで箱を開けてみて、しばし動きが止まる。
 48玉って、こんなに量があるんだぁ……。

 とはいえ、1日に3〜4玉は使ってしまうので、これくらいはすぐに消費されると気をとり直したのだが、なにせ梅雨どき。このまま放置していては、すぐにカビが生えてしまうと、冷蔵庫に入れることにした。
grape.jpg

 この写真をみた、うちの社員がひとこと。
 「場末の居酒屋の冷蔵庫って、こんな感じですよね」
 そうそう、半分はグレープフルーツで、もう半分はレモンなんだよね(笑)。

 放っておいてくれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なんだか怪しい(つづき)

 先日の日記で、「Suicaで水を買う」ことについて、JR東日本に対する漠然とした不安(笑)について書いたところ、竹内氏と小野塚氏からコメントをもらった。
 考えてみれば、電子決済というのは「誰が何処でどんなモノを買ったか」が歴然と残るのだな。しかも、電子データという、非常に流用がしやすい形で。
 私の場合、定期券にSuica機能が付与された「Suica定期」(どうでもいいけど、このネーミングはなんとかならなかったのか)を使っているので、個人データの特定はさらに簡単になるだろう。

 もちろん、この情報化社会、個人情報が流用されることを根本的に防ぐなんてことは、現実的に不可能だということは理解している。ただ、その場合にせよ、こっちに一言あってしかるべきだと思うのだ。「個人情報をとることにもなりますが、その分、便利になりますよ」ということ。さらには「個人情報はとりますが、とったあと××日で破棄します。ほかへの流用はしません」と言ってくれれば尚良い。
 現状のSuica(というか、Felica)の場合、「なんとなくこそこそしている感じ」がぬぐえないので、よけいに不安感が増していくのだ。

 そんななか、今度はNTTDoCoMoが「おさいふケータイ」などと称して、Felicaの決済機能を付けた携帯電話を売り出すという。
 小野塚氏のコメントを読んだ後に、この話を聞くと、なんとなく首筋がうすら寒くなってくる。

 以前、幹線道路にNシステム(その道路を通過する車のナンバーを自動的に読みとり、記録する装置)が設置されたとき、左翼系文化人を中心に反対運動が起きた。でも、いつのまにかそういった声は聞かれなくなり、いまではあらゆるところで見かけるようになってきた。
 なんとなく、Felicaもそのような道をたどる気がする。

 この漠然とした不安感をぬぐいさるためには、いっさいクレジットカードのたぐいを持たず、携帯電話も持たず、買い物はすべて現金決済で行うことなのだろうけど、不安と利便を天秤に掛けて、やっぱり便利を選んでしまう根性なしの私なのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

梅酒を漬けてみました

 今日は梅酒を漬けてみた。例年は青梅で漬けるのだが、今年はふと思い立って、黄色っぽく熟した実を買い求めてみた。お店の人の話では、熟した実は梅干し用だということだが、市販されている梅酒には「完熟梅をふんだんに使用しました」なんてものもあるくらいだから、出来ないはずはなかろう。懸念されるのは柔らかい実を使用したことで、カビが生じやすくなるのでは、ということなのだが、ホワイトリカーに漬け込むわけだから、おそらく大丈夫だろう。

 柔らかい実を傷つけないよう、流水で優しく洗い、ヘタのなりくちのところを竹串で外す。そして、清潔なフキンで1個1個、磨くように水気をぬぐって貯蔵瓶に入れる。氷砂糖と梅を交互に入れたら、最後にホワイトリカーを注いでできあがり。
 だいたい3ヶ月後には飲めるようになる、ということだが、私の家の場合は最低でも1年は寝かせることにしている。というか、1年くらい経ってから、ようやく梅酒本来の味がしてくるように思えるのだ。

 以前、とあるバーで20年モノの梅酒というのをご馳走になったことがある。素晴らしく芳醇な香りと、豊かな味わいに思わず「これ、本当に梅酒?」と聞き返してしまったほど。
 あそこまでは難しいとしても、長期熟成の梅酒の美味しさを知ってしまった身としては、少しでもあの味に近づきたいと思うわけだ。

 さて、どうなることやら。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

なんか怪しい

 JR東日本が導入しているIC式カード、Suica。しばらく前から、電子決済の機能も盛り込まれるようになった。いわゆる「今日もSuicaで水を買いました」というやつ。私が持っているSuica定期券にも、その機能が付与されている。

 先日、出先から帰る途中に駅に併設されたコンビニに寄ったんだが、たまたま小銭の持ち合わせがなく、ペットボトルの飲み物とサンドイッチ、それに雑誌をSuicaで決済してみた。非接触型のICカードなので、定期入れに入ったままでも、ちゃんとピッと鳴って、はい、おしまい。便利なものである。

 だが、もらったレシートを見て、私は別のことを考えてしまったのだ。
 今の買い物で、Suicaから引き落とされた金額は600円強。これ、電車の運賃として考えれば、けっこうな距離が乗れる金額である。
 このSuicaでの決済に慣れてしまうと、いままでとはまったく比較にならないペースで、Suicaのチャージ(入金)機に並んでしまいそうだ。

 JR東日本は、最近、どんどんこのSuicaでの買い物を宣伝しているようなのだが、なんか、裏に別の思惑が見え隠れしているような気がしてならない。心配性なんでしょうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

お札の顔、刷新

 お札のデザインが新しくなるそうだ。
 1万円札の福沢諭吉氏は留任だが、5千円札の新渡戸稲造氏、千円札の夏目漱石氏は、それぞれ樋口一葉氏、野口英世氏に交代する。
 新しく登場する両者の業績に関して、異議を唱える気は毛頭ないのだが、こと、お札の肖像画にふさわしいかというと、若干の疑問が残る。
 はっきり言って、貧乏くさいのだ。

 日本は敗戦によって、社会的価値観が大きく変動した時期を抱えているため、万人に認められる偉人英雄が立てにくい国ではあるのだが、それにしたってもうちょっと選びようがあったでしょう、という気になる。

 田中芳樹氏とも話をしたのだが、田中氏のコメントは辛辣だった。
「樋口一葉が5千円もらっていたら、死なずに済んだだろう。野口英世に千円渡したら、一晩で使い果たしたろう」

 私としては、聖徳太子、伊藤博文、岩倉具視のほうが、いかにも「お札の人」という感じで好感が持てたんだけどねえ。(ちなみに、板垣退助の百円札は、使ったことがありません。)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

風邪をひいたかな?

 白馬から帰ってきてから、どうもノドの調子がおかしい。咳が出るし、鼻もぐずぐずいっている。以前、どこかでも書いたのだが、もともと私は左右の鼻腔を隔てる壁(鼻隔柱というそうだ)が湾曲しているため、鼻の通りが悪く、ちょっとした風邪でもすぐに鼻にきて、しかもそれがなかなか治らないのだ。

 鼻炎というとたいした病気には聞こえないのだが、なかなかどうして、頭痛は起こるし、集中力は低下するし、で、仕事の能率は極端に低下してしまう。幸いなことに、私は花粉症ではないのだが、きっと花粉症の患者さんは、毎年春になるとこういう苦しみを味わっているのだろう。

 今回の体調不良は、おそらく白馬の乾燥した空気がノドに悪さをしただけだと思うのだが、ここまで長引くと、風邪の初期症状かも、と疑ってしまう。ま、どちらにせよ、身体を冷やさないようにして、しばらくおとなしくしているしかないのだけれど。

 こういうときに限って、梅雨の中休みとやらで暑い日が続くのだから、なんとも不条理なものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ペンネーム考(おまけ)

 変わったペンネームについて考えていたら、数年前のことを思い出した。
 当時、私は美しい女性イラストレーターと組んで仕事をしていた。SFテイストのある作品だったので、私がメカニックのデザインをし、彼女が絵を描くというスタイル。作家さんはもちろん、編集さんも大変に仕事熱心な方で楽しく仕事をすることが出来た。

 めでたく仕事が終わり、打ち上げをしようと繰り出した池袋。人混みのなかで、はぐれそうになったイラストレーターさんを、編集さんが大声で呼んだのさね。
 「むっちりさーん、こっちですぅ!」

 やっぱり人前で言いにくいペンネームっていうのは、考えた方がいいのかな、と思った安達でした。
 いや、むっちりむぅにぃさんは大変に魅力的な方ですよ。念のため。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ペンネーム考

 先日行われた、ローカル・リフレッシュ・コンベンションのメイン企画でのこと。ゲストとして招かれた赤城毅氏へのインタビューのなかで、ペンネームの話になった。赤城氏のペンネームは、別に山の名前からとったわけでも、旧帝国海軍の空母の名前からとったわけでもなく、デビュー当時、荒巻義雄先生につけて頂いたものなのだそうだ。荒巻先生は、独自の姓名判断理論をお持ちとのことで、よい画数を選んで下さったとのこと。

 考えてみれば、ペンネームというのは不思議なものだ。親からもらった本名に代えて、自ら選んだ名前で仕事をする、というのは、どんな気持ちなのだろう。親に向かって「なんでこんな名前にしたんだ」と文句を言ったことのない人はいないと思うのだが、ペンネームの場合は誰に文句を言うことも出来ない。もちろん、自分の気に入った名前にすればいいわけなので、本人が不満を抱く要素などありはしないのだが。

 不満を抱くのは、読まされる読者のほうにあることが多い。「これ、どうやって読むんだよ」くらいならまだしも、「この名前、ちょっと凝りすぎてはいないかい?」「この程度の作品で、このペンネームじゃあ、まったく名前負けしているよなあ」などなど、まさに言いたい放題である。
 だいたいが名前というものは、自分が読むよりも他人が読むほうが多いものなので、相手が読みやすく、覚えやすいのが一番なのだろう。(変則技として、読みにくいぶん、一度覚えたら忘れないという手もあるが、これは高等テクニックだろう)

 最近は減ったように思えるが、若い作家のなかには「これはさすがにいかがなものか」と思えるペンネームをつける人がいる。このペンネームで一生やっていくつもりはないのだろうから、別に他人が心配する必要もないのだけど。

 そういえば、先日、田中さんが講談社ノベルズの新刊を手に、「ぼく、これ苦手なんだよなあ」と文句を言っている。見れば「新伝綺小説」として話題になった『空の境界』。たしかに癖のある話だしなあ、と思ってよくよく聞いてみれば、作品の内容ではなく、作者のペンネームのことだった。
 「奈須きのこ」氏。うーん、茄子もキノコも苦手な食べ物でしたねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

気持ちよく過ごしたい

 ちょっと前に話になるが、どこぞのホームレス親父が通りかかった母子連れのベビーカーに火のついたタバコを投げ込んで赤ちゃんに火傷を負わせた事件があった。ホームレス親父の言い分は「暑くてむしゃくしゃした」と、私が子供の頃から変わらないコメントだったのだが、暑くてむしゃくしゃするんだったら、道頓堀にでも飛び込んでいればいいのにねえ。

 子供が出来てから、この手の「子供を対象にした犯罪」には、かなり過敏に反応してしまうようになった。ま、最近は子供が加害者になる事件も起こっているので、あまり深入りすると痛い目に遭うのかも知れないけど。

 ただ、子供の視点で街を歩いていると、意外なほど危険な場所・モノがあったりするので驚く。歩きタバコの危険性は、さまざまなところで語られているのだが、あいかわらず喫煙マナーの悪い人は多いようだ。これ、本当に危険ですから。喫煙者の皆さんには、ぜひやめて頂きたいです。

 あと、梅雨時になって傘を持ち歩く人も多くなったが、傘を水平に持ったり、先端(石突)を後ろに大きく振り出すように持つ人がいる。これも怖い。傘は先っぽを地面に向けなさい、と親に教わらなかったのかな。ま、このあいだ、道を歩いていた私の足に傘をぶつけたのは立派なおばさんだったからなあ。あのおばさんに育てられた子供は、やっぱり傘を水平に持つんだろうか。

 ただでさえいらいらすることの多い梅雨の季節。お互いに気を配って、気持ちよく過ごせるように心がけたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

〆切がないと仕事しない……

 いつもはわりとのんびり仕事をしている私なのだけど、ここ数日はまじめに働いていた。おかげで更新も滞ってしまった。某出版社からDTP作業を請け負ったのだが、なかなかどうして、これが予想以上に大変な作業になってしまったのだ。

 一番の元凶は、〆切直前までエンジンが掛からない私の性格にあるのだが、DTPソフトであるIn Design CSの不具合にもかなり手こずらされた感じ。なんというか、変なところにバグがあるのね。本当だったら徹底的にバグを洗い出して対策を考えたいのだが、さすがにそんな時間はないので、対処療法ですり抜けた。

 今日の午後に編集さんにお渡ししたので、この校正が返ってくるまでは少し余裕が出来た。昨日までの生活といえば、会社で作業して、帰宅する前に作業ファイルを借りているサーバにアップロードして、自宅に着いたらサーバから作業ファイルを落としてきてノートパソコンで作業のつづき。徹夜は出来ない体質なので、朝5時には起きてきて作業を行って……の繰り返し。女房からは、まるで夏休みが終わりかけたところの小学生、とまで言われてしまった。

 これからは、少し余裕をもって作業をしよう、と心に誓った……のだが、さて、どうなることやら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロケット打ち上げ(ただし模型)

 ローカル・リフレッシュ・コンベンションへ参加する楽しみはいくつかあるのだが、そのうちのひとつがモデル・ロケットの打ち上げ。このモデル・ロケット、固体燃料(火薬)を使用するロケット・エンジンの部分は、完全に管理された工場で製造された既製品を使用するうえ、本体もほとんどが紙とプラスチックで作られているため、危険はほとんどないと言って良いのだが、ものによっては100メートル以上も上昇するので、打ち上げ場所がなかなか見つからないのが悩みの種。

 そんなことで、東京で暮らしている私はなかなか打ち上げを楽しむことが出来ないのだけれど、ここローカル・リフレッシュ・コンベンションの会場では、気兼ねなく打ち上げることができる。
 昨年からは、簡単なキットを持ち込んで、初めての人でもロケット製作、打ち上げを楽しむことが出来るようにした。
rocket.jpg

 このモデル・ロケットという趣味。安全とはいえ、やはり火薬を使用するので、一定以上の大きさのエンジンを使用する場合には、愛好家がつくる団体に所属し、講習を受けて資格を取得する必要がある。私は団体に所属するのが苦手なので、一番小さなエンジン(これだと無資格でも楽しむことが出来る)しか使えないのだが、それでも十分に堪能することができた。

 今年は天候にも恵まれて、最高に楽しい打ち上げ会となった。来年は機体をいくつか作っていって、たっぷり楽しみたいと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

楽しい週末でした

 松本のホテルではばっちりつながったAirH"なのだが、白馬のロッジでは搬送波が検出できず。同型機を使っている友人はぎりぎり接続できたようなので、これは個体差?

 なにはともあれ、ローカル・リフレッシュ・コンベンションも無事に終了。とても楽しいイベントだった。
 クロージング終了後、希望者のみで栂池高原に行く。ゴンドラで20分+徒歩3分+ロープウェイ7分を乗り継いでのぼった高原は、まだまだ雪の残る、まさに別世界。
 ただ、こんな場所にも蚊がいるのね。けっこう刺されてしまった。

 ふたたび下界に戻ってきたところで、今度こそ解散。私は赤城氏、それに長野まで行くS氏を車に乗せて一路、長野を目指す……つもりだったのだが、時間はすでに12時を回っている。ならば先に腹ごしらえをしようと、前日にも立ち寄った蕎麦屋に行く。やはり大変に美味しい。ぜひ今度は新蕎麦に季節に来たいもの。

 長野まではきわめて順調。午後2時過ぎには長野駅でS氏を降ろすことが出来た。このあたりは車での移動を前提に町作りが行われているので、道幅も広いし、走りやすい。栂池高原ではぽちぽち雨が落ちてきていたのだが、このあたりはまだ降っていなかったので、窓を開けて気持ちよく走ることが出来た。

 長野市街から須坂ICに行き、更埴JCT経由で軽井沢へ。弊社のサマーオフィスがどうなっているかを確認しにいく。実はすごく心配だったのだが、意外にもまったくカビや埃の姿は見えず。このまま使用できそうな感じで、ほっと胸をなで下ろす。

 安心したところで、軽井沢の楽しみのひとつ。星野温泉リゾートの日帰り温泉施設に立ち寄る。なんといっても日本人は温泉。昨日の白馬・岩岳にも町営の日帰り温泉施設があり、当然のように私たちは入りに行ったのだが、泉質は素晴らしいものの規模は小さく、ゆったりのんびりという点では、星野温泉に軍配があがる。こちらは露天風呂もあるしね。

 さっぱりしたところで、今度は一路、東京を目指す。
 途中、けっこうな渋滞表示が出ていたので心配したのだが、それほどひどい渋滞でもなく、せいぜい30分少々のロスで済んだ。

 都内某所にある赤城さんのご自宅までお送りし、あとはひたすら自宅に向かって車を走らせる。学生時代によく走ったルートを、実に久しぶりに走ってみたのだが、なんというか、まったく雰囲気が違っていて驚いた。考えてみれば、学校を卒業して15年もたっているのだ。変化があって当然というべきか。

 午後9時すぎに自宅に到着。女房が風呂を沸かしておいてくれたので、ありがたく入る。温泉もいいけど、自宅の風呂にのんびり浸かるのも、これはこれでいいものだ。
 忙しくも楽しかった週末を思いだしながら就寝。
 ローカル・リフレッシュ・コンベンションのスタッフの皆さん。本当にお世話になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

松本は好きな街のひとつ

 6月4日の午後に東京を出て、信州・松本に来た。週末に白馬で行われるSFコンベンション、ローカル・リフレッシュ・コンベンションに赤城さんがゲストとして招待されたので、私も秘書として同行することになったのだが、どうせ行くのならば前日に松本まで行って、美味しいものでも食べようや、とこういう仕儀に至った。

 松本には友人知己が多く、10年ほど前までは足繁く通っていた街。久しぶりに来てみたら、やはり少しずつ変わっている。
 一番ショックだったのは、当時、私が定宿にしていた「松本タウンホテル」が廃業していたこと。一瞬、道を間違えたのかと思い、きょろきょろ探してしまったのだが、やっぱりホテルのビル自体がなくなって駐車場になっていた。紅茶の美味しいティールームがあって、重宝したのだが、残念。

 今回の宿は、お城にほど近い老舗ホテル、「松本ホテル花月」。
 赤城さんが以前に泊まって、たいへんに気持ちが良かったということだったので予約をしてみたのだが、大正解。部屋はもちろん、水回りも清潔だし、スタッフのホスピタリティも素晴らしい。松本タウンホテルがなくなってしまったので、今後はこのホテルを拠点に定めよう、と思ってしまった。

 夕方、チェックインしたあと、松本の街を二人で散策。街には、散歩をしていて気持ちのいい街と、そうは言えない街があるのだが、松本は気持ちいい街の、しかも、かなり高いレベルに置かれる街だと思う。
catsle.jpg


 夕食は、信州の郷土料理である、馬肉を中心に食べる。熊本の馬に比べ、信州の馬は……などと聞くのだが、なかなかどうして、十分に美味しい。
 たっぷり食べて、飲んで、一人前5000円いかないところも素晴らしい。東京だったら確実に5割り増しだろう。

 いい気分でホテルに戻って就寝。
 朝から寿司、昼は中華、夜は馬肉、と、なんとも贅沢三昧な一日だった。ま、たまにはいいやね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝からお寿司

 朝7時過ぎに家を出て築地に向かう。大変お世話になっている作家さんが東京に出てこられているので、その方と朝食をとる約束をしているのだ。こちらにしてみると朝一番と言って良い時間帯なのだが、築地界隈では、もうすっかり遅い時間。
 ホテルのロビーで待ち合わせ、築地の場内市場にお寿司を食べに行くことにした。

 築地の場外市場には、ちょくちょく遊びに行っていたのだが、場内はめったに入らない。ちょっとうろうろするが、ほどなくお目当ての店を発見。大和寿司。
 ガイドブックには「行列を覚悟しても行きたい店」とあるのだが、なぜか私たちが着いたときには、誰も並んでいなかった。
 初めてのお店なので、それなりに緊張していたのだが、居並ぶ寿司職人さんたちが皆さんとても気配りのできる人たちで、とても気分良く食事をすることができた。

 肝心の寿司は、文句の付けようがないくらい美味しいもの。一通りお勧めで握ってもらって、一人3150円。たしかに朝食としては破格の贅沢だが、このレベルの寿司を他の店で食べようとしたら、倍くらいの値段は取られるだろう。

 聞けば、朝の5:30開店で、昼過ぎの13:30には閉めてしまうということ。また早起きして行ってみようと思える店だった。
 ちなみに、私たちが食事を終えて外に出たときは、店の前には長い行列。自分たちのタイミングの良さに、ちょっと驚いてしまった。

 満腹になって場内市場を歩いていると、牛丼の吉野家築地本店を発見。ここではいまでも牛丼が食べられるんだよなあ、と思ったけど、これはまた後日ということにする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

早寝早起き

 午後11時就寝、午前5時起床。だいたい、これが私の睡眠スタイルである。早寝早起き。まるで子供のようだと揶揄されることもあるが、眠くなるんだから仕方がない。目が覚めるんだから仕方がない。
 だが、最近ちょいと異変が起こりつつある。どんどん目が覚める時間が早くなっているのだ。今朝など、午前3時には目が覚めてしまった。昔から寝起きはよいほうなので、目が覚めてすぐに身体が動く。頭もルーティンの原稿を書くくらいには覚醒する。

 世の中には、眠りの時間が短くても済む(異論もあるが、だいたい6時間以下)「短眠者」と、反対に長く眠らないと駄目(だいたい9時間以上)の「長眠者」がいるとのこと。私は短眠者とまでは言えないが、睡眠時間は短くても済むタイプだと思う。いっぽう、女房は明らかな長眠者タイプ。同じ寝室に寝ている以上、双方のライフスタイルを両立させるのは難しく、結婚10年を経て確立したのは、「先に目が覚める私が、さっさと寝室を出て、朝の仕事をする」ということ。
 今朝も4時過ぎから洗濯機は回すは、掃除機はかけるは、朝食の支度はするは。集合住宅だったら騒音で問題になるところだ。

 ただ、私の起床時間が早くなっている原因がわからない。おそらく、日の出が早くなっているので、そのぶん部屋が明るくなるのが早い、と、ただそれだけの理由なのだろうが、以前、仕事がべらぼうに忙しくなったとき、まったく眠ることができずに医者に掛かり、不眠症と診断された経緯があるだけにちょっと心配。
 ま、この業界にはいったときに先輩から言われた言葉、「人間、食べているか寝ているかしていれば大丈夫だ。どちらも出来なくなったら倒れるぞ」との言葉が正しいとすれば、まだ食事の時間や質を削って働くまでには至っていないので、おそらくもう少しはもつだろう。

 今週末は赤城さんと一緒に松本および白馬まで行く楽しい予定がある。それまでに体調を崩すことなどないよう、気を付けねば。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

美味しいのかなあ

 「やめられないとまらない」のフレーズで知られる、カルビーの「かっぱえびせん」
 私も好きな袋菓子のひとつ。ビデオでも見ながら食べていると、いつのまにか大袋ひとつを食べ尽くしていたりして。

 で、このたびの新製品。
 「かっぱえびせん ごはんですよ!味」「かっぱえびせん 都こんぶ味」
 (リンク先の「TOPICS」のところをクリック)
 う〜ん、これは悩むところだなあ。どっちも味が濃いものだしなあ。正直、味の想像がつかない。ま、食べてみればいいんだけどさ。

 最近、この手のコラボレーション商品が増えているようだが、それぞれの商品が消費者に受け入れられたのには、それなりの理由があったはず。「売れている物」+「売れている物」=売れる物、ではないと思うんだが、どうなんだろうなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

人生いろいろ

 私は技術系の高専を出て、技術屋になったにもかかわらず、いつの間にかこんな仕事を選んでいる。
 たま〜に学校に遊びに行く機会があるのだが、まさにレアもの扱いをされてしまう。ただ、だからといって排除されないのが高専のよい校風なんだろうけど。

 数年前に小学校のクラス会が開かれたので顔を出してみた。小学校というと、それぞれ夢は持っていたものの、具体的になにを職業に定めるかなど、まったく未知数の段階なわけだ。だから、久しぶり(実に20年ぶり)に会った友人が、当時では想像も付かなかった職業に就いていたりして、本当に面白かった。

 そういえば、昔、よく一緒に遊んだ友人の名前を意外なところで見ることがある。私は高専在学中、同級生に誘われて東京・西部の高校の人たちとずいぶん遊んだのだが、そのなかの一人の名前を本当に意外なところで見つけた。声優の木内レイコさん。
 ちょっと調べてみたら、いろんなお仕事をされているようだ。彼女は高校生の頃から人とは少し違う輝いた部分があったので、私としても「なるほどなあ」と思った。高校生時代の彼女からは、声優になりたい、などという言葉を聞いた記憶がなかったので、少し不思議な感じはしたのも確かだが。

 ま、私とて当時は普通の技術屋になって、一生をその分野で終えると思っていたわけだし、人生というのはわからない、ということか。
 この仕事を続けていれば、いつか木内くん(当時はくん付けで呼んでいた)と会う機会もあるかも知れない。それもまた面白いかな、と思うのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2004年5月 | トップページ | 2004年7月 »