「長崎までちきゅうを見に行ってきた」というと、誰もがけげんそうな顔をする。「ちきゅう」とは「地球」にあらず。独立行政法人海洋研究開発機構を中心に建造が進められている地球深部探査船のことだ。
現在、日本、アメリカを中心として「統合国際深海掘削計画」(Intergrated Ocean Drilling Program:IODP)が進行中だ。これは、日本、アメリカ、それにヨーロッパ諸国が提供する掘削船を用い、いまだかつて人類が到達したことのない地球深部に科学の目を届かせよう、というもの。そのなかでも中心的な探査船となるのが、「ちきゅう」となる。
この「ちきゅう」は、いままでの掘削船とは異なる掘削法(ライザー工法)を採用することにより、水深2,500m(最終目標は4,000m)の深海域で、さらに7,000mを掘り抜く能力を備えている。海底の地殻は、陸上のそれと異なり、地殻の厚さは6km程度。その下にはマントルがある。つまり、この「ちきゅう」はマントルまで掘り抜くことが可能だということだ。もちろん、このような試みはかつて行われたことがない。いわば、人跡未踏の地をめざす探査船なのだ。
今回は、小松左京氏の秘書を務められる乙部氏の尽力により、私が所属する「宇宙作家クラブ」のメンバー有志による取材が実現した。
三菱造船香焼工場の岸壁で対面した「ちきゅう」だが、なんとも特徴的な外観をもつ船だった。
船体中央にそそりたつデリックは、海面上からの高さ121m。この真下にはムーンプールと呼ばれる開口部があり、そこからドリルパイプが海底に向けて降りていくわけだ。
下の写真がムーンプール。名前の由来は「月が浮かんで見えるほど静かな海面が見えるプール」ということらしい。なんとも風流。
海底には噴出防止装置(Blow Out Prevebter:POB)が置かれ、海底に掘った穴をふさいでいる。このBOPがミソなわけで、これがあるおかげで万一、地層のなかに溜まった高圧ガスなどの層を掘り抜いたときにも、これらの噴出を防ぐことが出来、安全な掘削を実現しているわけ。取材時、BOPは荷重試験を行っており、その重りの後ろにBOPが見える。
実際に掘削を開始すると、船は穴の上に数週間から数ヶ月、定点保持をする必要がある。そのため、「ちきゅう」には360度回転する6個のスラスタが設けられ、これらを自在に動かすことで、潮流や風などによる影響を排して、安定した定点保持をおこなっている。もちろん、GPSと連動しており、基本的には自動的に制御される。ここは「ちきゅう」の操船をつかさどるブリッジ。手前に置かれたコンソールが定点保持機構の制御装置だ。同じものが3つ搭載されており、万一の際でも万全のバックアップ体制をとっている。
しかし、どれほど最先端の科学探査船とはいえ、やはり日本の船。ブリッジには神棚がしつらえられていた。
ドリルで掘り抜いた地層は、円柱状のサンプル・コアとして船上に引き上げられる。このサンプル・コアを分析することで、地層が堆積した当時の気候や、地殻変動の様子など、さまざまなことがわかるわけ。ドリルパイプの長さ(9m)で出てきたサンプル・コアは、ここで1.5mに切断され、船内の冷蔵保管庫に納められるほか、船内のラボで分析をされる。
最後に見学したのが機関部。なんでも、日本では最新鋭のディーゼル機関を左舷右絃それぞれ3基+1基(予備)、都合6基+2基を搭載しているとのこと。実際に見たところ、非常にコンパクトにまとめられた、いかにも日本的工業製品という感じのエンジンだった。
見学後、三菱造船の従業員さん専用のシャトルで長崎・大波止埠頭に戻る。
途中、イージス艦が岸壁に繋留されているのを見た。SF作家の林譲治氏によれば、「ちょうかい」だとのこと。なにか改装でも行われているのだろうか。
今回の見学は、興味深いモノばかりを見ることが出来た。このような探査船を建造、運用するためには、それなりの費用もかかることだと思うが、納税者の立場からしてみれば、こういうものにこそ、どんどんお金を使って欲しいと思う。いまは純粋な科学探査だが、これは宝の山を掘っていることと同じことなのだから。
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