食材あれこれ
『鬼平犯科帳』には、様々な食べ物の描写が描かれ、物語の奥行きを広げるうえで大きな役割を果たしている。作者の池波正太郎氏は、おそらくご本人も「食べる」ことにこだわりをもっておられたのではないか、と感じさせる。
さらには、当時の食材の考証も誤りがない。以前、ほかの方の作品だが、江戸時代の長屋で白菜の漬け物でメシを喰っている場面を読み、げんなりしたことがある。白菜は明治以降に日本に輸入された野菜であることくらい、少し調べれば判ることだと思うのだ。
以前、田中さんが『バルト海の復讐』という作品を書いたとき、新大陸発見の前の北部ヨーロッパの食事が、いかに貧相なものかを力説していた。考えてみればジャガイモもトマトもないわけだから、いまのドイツ料理、イタリア料理なんてものは殆ど作ることが出来ないわけだ。ジャガイモのないドイツ料理、トマトを使わないイタリア料理なって、ちょっと想像できない。
酒にしたところで、麦芽を使ってビールを作る技術自体は古代エジプト時代には原形が出来ていたようだが、主食である麦をビールの生産に回すことは、集団農業によって収量が増えてからでなければ考えられないことだろう。もっとも、ビールの原料になる大麦は、直接の食材にはならなかったようだが、余裕がなければ同じ畑で、大麦よりは小麦を作っただろうし。
そう考えてみると、いまの「○○料理」と呼ばれるものも、伝統的な料理は数少ないのかも知れない。トマト伝来前のイタリア料理なんて、いったいどんなものだったのか、ちょっと気になるところである。
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